思考の学校オンラインの受講生に、受講前と受講後でどのような変化があったのかを伺う「受講生インタビュー」。
今回お話を伺った智世さんは、思考の学校で学び始めてから、40年以上会えなかった母親との再会を果たし、自分の思考や感情と向き合う中で、夫婦関係や職場環境、人間関係にも少しずつ変化が現れました。
さらに、指定難病の治療で服用していたステロイドも減り、心にも体にも前向きな変化を感じているといいます。
今回は、智世さんが実際に体験した変化について詳しく伺いました。
思考の学校との出会いはYouTube
同じ動画を何度見ても、その時々の自分の状態によって心に響く部分が違っていて、見るたびに新しい気づきがありました。
やり方はよく分からなかったんですが、とにかく書いてみようと始めました。それから、1年以上は書き出しを続けていましたね。
難病指定の病気が発覚

でも、よくよく考えると仕事では少し意地悪な人がいて、表立って何かをされるわけではないものの、「なんとなく仲間外れにされているな」と感じることも。振り返ると、そうした孤独感のようなものは昔からずっと抱えていた気がしたんです。
「この感覚は一体どこから来ているんだろう」と思うようになり、その原因につながりそうな侑嬉校長の動画を探して見ていました。そんな時に、自分の病気が見つかったんです。
息子がバスケットボールのクラブチームに入っていて、週5日、片道1時間かけて送迎をしていたんです。長男だったので、下にまだ2人子どももいましたし、一度家に戻って夕飯を作り、また迎えに行くという生活でした。さらに、自分の通勤にも片道1時間かかっていたので、毎日長時間の移動を繰り返していました。
辛さが限界に近づいて、「こんなふうに生きるくらいなら、私なんていなくてもいいのかもしれない」と考えてしまうこともありました。今思えば、「もう無理」と周りに伝えればよかったんですよね。でも当時は、何でも1人で抱え込んで、自分で何とかしようとしていました。
そんな中で病気が見つかり、「命には限りがあるんだ」と強く実感したんです。すぐに命に関わる病気ではありませんでしたが、腎臓の指定難病と診断されました。
その恐怖を手放したいと思い、「これは母親の見直しをするタイミングなんだな」と感じました。そして書き出しを続ける中で、「お母さんが生きて元気なうちに、一度会いたい」という気持ちが自然と湧いてきたんです。
ただ、生きているのか亡くなっているのかも分かりませんし、連絡先を知っている人もいませんでした。どうやって探せばいいのか途方に暮れていたのですが、不思議なことに、その方法を知っている人が現れたんです。
40年以上音信不通だった母親と再会
その後、弁護士や市役所の方など、母を探すために親身になって協力してくださいました。普段は知る機会のない戸籍のたどり方まで調べてくださって、本当にありがたかったです。しかも、それまでは母が住んでいる自治体まで行かなければ戸籍を請求できなかったそうなのですが、ちょうど1年ほど前に制度が変わり、全国どこの市区町村からでも請求できるようになっていました。
「本当に時が味方してくれているんだな」と感じましたね。皆さんのおかげで、まず母が元気に生きていることが分かり、さらに今どこに住んでいるのかまで知ることができたんです。
自分の思考を受け入れ、気持ちが安心することが増えた
そのことに気づいてからは、もっと学びを深めたいと思うようになって、「Q&Aのアーカイブを全部見よう」と決めたんです。それからは通勤時間を活用して、毎日少しずつ見続けていました。
被害者意識があることはもちろんですが、私は「自分を人生のど真ん中に置いて生きること」が怖かったんだと気づいたんです。自分の感情にもふたをして、人に合わせて生きることが当たり前になっていました。もちろん、周りのみんなが笑顔でいてくれたら私も幸せです。でも、本当は「自分を一番大切にしたい」という気持ちもあったんですよね。
だから書き出しをしていると、「あの人のせいだ」「この人のせいだ」という感情が、次々と出てくるようになりました。
その中でも一番大きかったのは、「母親のせいだ」という感情でした。これまで我慢してきた気持ちを一つひとつ認めていくことで、「どんな思考も自分にとって大切なものなんだ」と、ようやく受け止められるようになったんです。
その頃から、安心できる感覚が少しずつ増えていきました。それが、私にとって一番大きな変化だったと思います。
少しずつ書き出しもできるように

すると、そのとき真っ先に出てきたのが、「私、本当は家事なんてやりたくない」という気持ちでした。私は4歳の頃から家のことをしていて、気づけば40年以上、主婦のような役割を担ってきたんです。そこで初めて、「本当はやりたくなかったよね」と、小さい頃の自分の気持ちに寄り添うことができました。同時に、4歳の頃から置き去りにしてきた感情が、たくさんあることにも気づいたんです。
それまでは、そうした気持ちを見ないようにしてきました。でも、大交流会でそのことに気づかせてもらったことが大きな転機になりました。そこからようやく、少しずつワークに取り組めるようになったんです。
それからは、「嫌だったよね」「今はこう思ってるよね」と、自分に話しかけるような感覚で少しずつ書き始めたんです。すると、「何を書けばいいんだろう」と手が止まることが少なくなりました。今でも、一度にたくさん書こうとは思っていません。少しでも書けたら十分という気持ちで、無理をせず続けています。
同僚から「素敵ですね」と言われるように
だからこそ、一緒に働く人とも気持ちよく過ごしたいと思っている自分がいることに、今のお話をしていて改めて気づきました。
振り返ってみると、それも母親がいなかった経験が関係しているのかもしれません。私は家族だけではなく、本当にたくさんの人に支えられてここまで生きてきました。だから、血のつながりがなくても、私にとって大切な人はたくさんいるんです。
夫が協力的になり、夫婦仲もさらに良好に
旦那さんは父親ではないのに、「稼いできてくれるのが当たり前」という気持ちを、どこかで持っていたんですよね。そうやって振り返ってみると、自分の傲慢さにも気づくことができました。
それで、一度自分もがむしゃらに働いてみようと思って実際にやってみたんです。すると、「働いて家族を支えるって、こんなに大変なんだ」と身をもって実感しました。
その経験をしてからは、お金を支払うときの意識も大きく変わりました。以前よりも、お金の重みや、そこに込められた誰かの努力を意識するようになったんです。
それに、以前よりも私のことを尊重してくれていると感じる場面が増えました。きっと、私自身が心の中で「旦那さんってすごいな」と認められるようになったことも関係しているのかなと思っています。
実際に、契約社員になるための面接を受けることを伝えたときも、主人はまったく反対せず、「頑張ってね」と応援してくれました。「今より忙しくなるから、家事も家族みんなで協力してもらわないと、今まで通りにはいかないかもしれない」と話しても、否定されることはありませんでした。
母親のことを少しずつ受け入れられるように
ただ、本当に少しずつではありますが、母の行動に対する見方は変わってきました。今では、「母が家を出たことは、私が自立して、自分の力を限界まで引き出すための最高のシナリオだったのかもしれない」と思えるようになったんです。
それに、母があの決断をするには、きっと私には想像できないほどの勇気が必要だったんじゃないか、と少しずつ受け止められるようにもなってきました。もちろん、まだ完全に気持ちの整理がついたわけではありません。でも、そういう考え方ができるようになったのは、思考の学校オンラインで学び続けてきたからこそだと感じています。
難病治療の薬が6錠から1錠に

職場の人間関係の悩みがなくなる
書き出しを続けたり、これまでの出来事を振り返ったりしていると、それまで思い出さなかったことが、ふと浮かんでくるようになったんです。
その中で、「20代の頃の私は調子に乗っていたな」と思う出来事もたくさん思い出しました。そして、そのたびに「あのときはごめんなさい」と自然に思えるようになったんです。そうして少しずつ自分と向き合っていくうちに、不思議と職場環境も変わっていきました。
オンラインでは、YouTubeよりもさらに具体的に学べますし、Q&Aでは一人ひとりの人生に寄り添ったやり取りが聞けるので、「私もやってみよう」と思えるヒントがたくさんあるんです。しかも、これまでの内容はすべてアーカイブで何度でも見ることができます。
私自身も、入会するまで1年以上迷っていました。だから、迷っている方の気持ちはすごくよく分かります。でも、私は思い切って入って本当に良かったと思っています。もし迷っている方がいたら、ぜひ一度、思考の学校オンラインに入って学んでみてほしいです。
自分でも気づかなかった思考と向き合う
智世さんは、思考の学校オンラインで学びを深めたことで、自分でも気づいていなかった感情や思考と向き合えるようになりました。
母親への思いを少しずつ受け止められるようになったことをはじめ、夫婦関係や職場環境、人間関係にも変化が現れ、毎日を安心して過ごせる時間が増えていったそうです。
「1年以上迷ったけれど、入って本当に良かった」という智世さんの言葉からも、思考の学校オンラインで学ぶことで得られる気づきの深さが伝わってきました。
もし今、「自分も変わりたい」と感じている方は、思考の学校オンラインで一歩踏み出してみませんか。




















