はじめまして。
思考の学校認定講師のワルトあゆみです。
カナダ人の夫と、小学生の2人の娘と4人で暮らしています。
私はこれまで、ずっと
「自分には何かが足りない」と思いながら生きてきました。
姉と弟のいる中間子として育った私は、
姉には「能力」の劣等感を、
弟には「存在」の劣等感を、
ずっと抱えていました。
姉のように賢くないから期待されない。
弟のように、ただそこにいるだけで期待される存在でもない。
「自分は足りない」という感覚を持ちながら
そんな自分を人には見せたくない。
弱いと思われたくない。
できないと思われたくない。
「しあわせな私」と見られたい。
だから、平気な顔をして、かっこつけて、できる「ふう」な自分を生きてきました。
幼少期から度々発症した重度のアトピー
なりたい夢や、やりたいことがあっても、
「アトピーだからできない」
「こんな自分じゃ無理」
と、何度も諦めてきました。
一方で、
「もっとできる私になればいい」
「もっと頑張ればいい」
「もっと経験を積めばいい」
と、資格を取ったり、さまざまなことに挑戦したりもしてきました。
でも、長続きもしない。理由をつけて諦めたりも。
「まだまだ」
「こんな自分じゃだめ」
「私らしさってなんだろう」
と、自分をジャッジしては
「足りない!」
「もっとほしい!」
「私の思うものじゃない!」
と、いつも「ないもの」を探していました。
そして、ないものを埋めることで、
自分の価値を証明しようとしていました。
そんな私が【思考の学校】に出会ったのは、母の他界、そして父のアルツハイマーをきっかけに、漠然とした不安や恐れ、そして「私はこの先ちゃんと自立できるのだろうか」という焦りを抱えていた頃でした。
できる「ふう」なわたしは「怒っている」感情を隠し持っていることすら気づいていませんでした。
思考を学び、自分自身と向き合っていく中で気づいたこと。
私は、めちゃくちゃ愛されていた。
たくさんの愛をもらっていた。
それを当たり前にして、
「ないもの」ばかりを見ていた。
「もっともっと」と求めていた。
「ある」ことを認めていなかった。
そして何より、
私は、自分のことをずっと否定し続けていた。
弱い自分を見せないように。
できない自分を見せないように。
かっこ悪い自分を見せないように。
でも、本当になりたかったのは、
すごい自分になることでも、
誰かに認めてもらうことでもなかった。
どんな自分でも、ありのままの自分を認めてあげること。
父が他界して1ヶ月を過ぎた頃、ある瞬間、
「私、いっぱいある。十分じゃん。」
と、心から腑に落ちました。
人生の状況が、突然すべて変わったわけではありません。
でも、私が自分を見る目、見る世界が変わり始めました。
「ない」を探して自信をなくすのではなく、
「ある」に気づく。
できない自分にも〇をつける。
迷っている自分にも〇をつける。
かっこ悪い自分にも〇をつける。
今の自分を全部〇(まる)にしてあげる。
そう決めました。
そして今も、日々、自分の思考を見直しています。
「なんでこんなことを思ってしまったんだろう」
「また人からどう見られているのかを気にしているな」
「人と比べているな」
「自分を否定しているな」
そんな自分に気づくこともたくさんあります。
でも、そんなとき
「今、私は何でそう思ったんだろう?」
と、自分に聞いてあげる。
完璧じゃなくていい。
迷ってもいい。なかなか変化がなくてもいい。
また「ない」を探してしまってもいい。
気づいたら、「ある」に戻ってくればいい。
気づくたびに、自分に○をつける。
「わたしが、わたしをしあわせに連れていく。」
その言葉を胸に、私自身も今、思考と向き合いながら歩いています。
もし、
「どうして私はいつもこう思ってしまうんだろう」
「もっと楽に生きたい」
「ほんとのほんとの自分を、知りたい。好きになりたい」
そんなふうに感じることがあるなら、
体験講座や基礎講座で、お話を聞かせてください。
お会いできることを楽しみにしています。



